6 世紀から 14 世紀にかけて。アジア大陸を横断し西方に至る数千の大小の通路があった。隊商は異国情報の衣料や東洋の商品や香料を積んだこれらの通路を通過した。これらの通路に沿って、街や都市や対象宿(キャラバンサライ)が建設された。そして、民芸品製造技術センターや美術養成所・学校や宮殿や墓陵なども建設された。商人、使節団、巡礼者などが連れたってこの通路を旅行し、新しい宗教や習慣や商品を運んだ。すなわち、ガラス製品、陶器、石鹸、火薬、そして最も重要なもの、文化を運んだ。彼等は薬草を採取し、病気治療法を発明し、天体観測をする人々であった。千年以上もの間、多数の通路によって、偉大なシルクロードは、通商、文化、精神交流など人類に固有の平和的な活動で多数の国々を結合した。
偉大なシルクロードは、東は中国の蘭州から出発して、東西貿易の結合点となっていた地中海のトルやソドムの港にまで延びていた。この往古の都西貿易路は文化や習慣や信仰を一つの中継センターから次のセンターへ伝達し、またその逆の伝達も行われた。
ウズベキスタンはこのシルクロードの中心であった。歴史的遺産を復活させる提案を含む特別な長期計画がユネスコによって実施に移された。“偉大なシルクロードに再び旅行を復活させる”というサマルカンド宣言が 1994 年にサマルカンド市で採択された。偉大なシルクロードの観光旅行は復活し、古代の芸術家によって作られた巨大な建築物遺跡、独特な文字資料、中国産の絹、ブハラの絨毯や陶器などが、すべての人々によって観賞できるようになった。主要観光ルートは中央アジアの 32 の都市を通過する。言換えれば、かって伝説であった偉大なシルクロードが再開されて、多数の観光客がタシケント、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァそしてフェルガナ渓谷の諸都市を訪問できるようになった。偉大なシルクロードは失われた過去の世界へ足を踏み入れる貴重な機会である。過去への旅行そしてこのすばらしい通路はあなたの探検を持っている。





